ここから見るロードライトの街は綺麗だろ? デートっていうなら、あの街にある物語以上に面白いところに案内してやるよ。お前が知らない場所があるなら、全部連れていきたい。で、お前にもっとこの国を好きになってもらいたい。俺の好きな、この国を。……ついでに俺のこともな?

公務外では書庫以外に足を運ぶことはない。貴様も、ついて来たければ好きにしろ。女が好みそうな恋愛物や詩集、戯曲もある。全部俺の私物なのでな。自由に読んでも構わんが、当然対価は要求する。……そう怯えずとも取って食いはしないが、愚鈍が何を差し出すかは見ものだな?

ここはロードライトでも女性に人気のスイーツを扱ってる店で、俺のお気に入りの場所でもあるんだ。リヒトとお忍びでよく来るんだけど……べ、別に君を喜ばせたくて紹介したわけじゃないからね! 俺がスイーツを食べたかっただけ! 勘違いしないでよね オススメのデートスポットといえば、当然俺の部屋に決まってるよね? ああ、アンタの部屋でもイイよ。どのみち、やることは変わらないからさ。……やだなあ、そう警戒しなくても、ただ一緒に気持ちイイことをするだけだよ。アンタをたくさん、とろかしてあげる そもそも俺は誰とも関わりたくない。デートなんて論外。……それでも、どうしてもスポットを教えろっていうから、薔薇園に案内しただけ。城の薔薇は、国随一の美しさとか言われてるし、あんたこういうの好きでしょ。今度は、俺以外の王子を誘うといいよ。きっとみんな、あんたが声かけたら喜んでくれるから デートすんなら、街にあるはちみつの美味い店だな。他の奴らには内緒にしてんだけど、お前にだけは特別に教えてやるよ。好きな奴には美味いもんいっぱい食べさせて、笑顔にしてやりてーかんな。ん……お前の笑った顔、やっぱすげー好きだわ この酒場の何がいいって、酒が美味い他に、給仕のお姉ちゃんたちが別嬪ってところだな。そしてもっと重要なことがあるんだが――見ろ、全員、巨乳だ。って、お前さん、そんな冷めた目をしなさんな。……そう心配せずとも、今夜のジンさんはお前さんだけのものだよ ロードライトの街はどこも愉しいぞ。市場に行けば商人の客引き争い、路地裏に行けば不良青年の抗争……それらすべてを引っ掻き回して人間の美醜を観察するのは実に面白い。それを引きつった顔で見守るお前の反応もな。ははっ、デートらしくないなら手でも繋ぐか? ――1度繋いだら、逃さないがな? 怪訝そうな顔をされていますが、デートスポットですよ? 私はここで貴女を調教――いえ、可愛がっていますからね。さあ、本日は何のレッスンをしましょうか。貴女が私の望む成果を出せたらご褒美もご用意しておりますので、どうぞ頑張ってくださいね……? キミが幸せそうな顔をする場所なら、どんなところにだって連れていきたいよ。ひとまず思いついたのは、キミが毎日働いていた本屋だけどね。ここで好きなものに囲まれて活き活きと働くキミはとっても楽しそうで、そんなキミを眺めるのが俺の毎日の楽しみでもあったんだ。お城でもキミの喜ぶ場所、たくさん見つけなくちゃね

1年中薔薇の花が咲き誇る芳しい国――ロードライト。

花の香りと人々の笑い声が絶えない美しい街を颯爽と歩くのは、物語の主役のようにひときわ目立っている夜色の髪の王子様だった。

レオン「さて、だいぶ回ったが、他にどこか行きたいところはあるか?」

あなた「うーん……。お腹が空いたかな」

レオン「じゃ、次は肉の美味い店紹介してやるよ」

太陽を背に笑うレオンは、迷うことのない足取りで道を進む。

あなた「……レオンって、王子様なのに街に詳しいんだね」

レオン「王子だから詳しいんだよ。街の生活を知らないで、政策が打てるわけねえだろ」

あなた「あ……それもそっか」

レオン「くっ……なんてな。ほんとはただ街を歩くのが好きなだけ。街の連中も、街並みも、気に入ってんだよな」

(嘘でも誇張でもなく……本当に、好きって顔してる)

心を惹きつける太陽のような笑みは、街並みや人々を明るく照らす。

(王子であるレオンがこうして街を愛しているから、この光景があるんだろうな)

薔薇で彩られたのどかな景色の中に溶け込む人々は、みんな満ち足りた顔をしている。それはきっと、目の前にいる王子様が獅子のように鋭い眼差しで常に国を守ってくれているからだ。

レオン「なあ、お前はこの国が好き?」

あなた「今まで考えたことがなかったけど……レオンに街を紹介してもらう前よりは、好きになったよ」

レオン「へえ。……じゃあ、俺のことは?」

あなた「もちろん――って、何言わせようとしてるの」

レオン「くっ、はは……残念」

愉しそうに笑うレオンに、私もつられて笑ってしまう。

レオン「でも良かった。お前にこの国を好きになってもらうって目的は果たせたみたいで」

あなた「どうして、そんなに好きになってほしかったの?」

レオン「これから“ベル”として王を見定めるお前には、俺らが守るものの価値を知ってもらいたかったから。……王になった奴は、これら全部の行く末を背負うことになる」

(あ……)

降り注ぐ陽光に照らされ輝く街は宝石のようで――でも、一歩間違えれば瞬く間に戦火に呑まれ、輝きを失ってしまう。そんな中で王様を選ぶのが、私の役目だ。

レオン「もっとこの国を好きになって、ちゃんと見極めろよ?」

あなた「……うん」

(レオンの言う通り、色々なものを見て、知って、8人の王子の中で誰が一番ふさわしいのか見極めないと)

決意を閉じ込めるようにぎゅっと握り締めた拳を、大きな手のひらが包み込む。

レオン「ま、ほんとは、お前に俺をもっと好きになってもらいたかっただけだったりしてな?」

あなた「……っ、さすがに、それは冗談だってわかるよ」

レオン「そ? まあ、今はそれでいいよ。そのうち口説き落とすから」

あなた「……それは、王様に選んでほしいから?」

レオン「さて、どうだろうな?」

真意はわからないけれど、手を通して伝わる温もりに、鼓動が胸を小さく叩く。

(レオンの傍にいたら、この国も……レオンのことも、もっと好きになりそうだな)

風が運んできた薔薇の香りは、先ほどよりも甘く私の鼻をくすぐった――。


宮廷の図書室は本好きなら誰もが目を輝かせるほど壮大な本の森になっていて、さらにその奥には一部の人しか知らない秘密の書庫がある。

“残虐無慈悲な獣”と名高い王子が私的に保有している書庫と聞いて少し警戒していたけれど――足を踏み入れたそこは、数多くの戯曲や詩集がひしめき合う至上の楽園だった。

あなた「これって、発刊するたびに売り切れる人気の恋愛物ですよね。まさか、こんなところで見かけるなんて……」

シュヴァリエ「興味があるなら持っていけ」

あなた「いいんですか?」

私の隣で書架を眺めていたシュヴァリエ様が、鼻で笑う。

シュヴァリエ「ただし、ここに来る前にも言ったと思うが、対価は貰う」

あなた「具体的には……?」

シュヴァリエ「貴様は何を差し出せる?」

あなた「えっと……今、手持ちにあるのは――」

シュヴァリエ「即座に物に限る辺り、愚鈍の極みだな」

本に向けられていた青い瞳が、私の方を向く。

どこまでも冷たい青は氷海を閉じ込めたような冷気をまとっていて、自然と喉が鳴る。

8人の王子の中でもっとも“獣”だと称される王子は、その名に相応しく何気ない視線まで獰猛な威圧感をまとっていた。

(でも、こんなことで怯んでたら、ベルとして話にならない)

あなた「……物じゃなくてもいいのでしたら、シュヴァリエ様は何をお望みですか?」

シュヴァリエ「そうだな――」

長い指先で悪戯に顎を持ち上げられれば、目を逸らすことすら敵わない。

獣のように鋭い眼光が間近に迫り、冷や汗が伝う。

(この方は、いつだって……怖い)

何をされたわけでもない。ただ雑談をして、見つめられているだけなのに、喉に牙をあてられているような錯覚すら覚える。

それでも意を決して見つめ返せば、シュヴァリエ様の形のいい唇が弧を描いた。

シュヴァリエ「大した度胸だ」

あなた「っ……どういう、意味ですか?」

シュヴァリエ「いや? 目の前にいるのは残虐無慈悲な獣というのに、よく逃げずに見つめ返すものだと思ってな。大半は尻尾を巻いて去るんだが、その点だけは評価してやる」
あなた「……ありがとう、ございます?」

ふっと鼻で笑われ、長い指が顎から外される。

瞬間、どっと肺に流れ込んできた空気に、どれだけ息を詰めていたのかを自覚する。

シュヴァリエ「先ほどの対価の話だが、俺が心底満足するような本を持ってこい」

あなた「え……、それでいいんですか?」

シュヴァリエ「難題だと思うがな」

(でも、もっとこう……酷いことを言われるかと思ってたのに……)

シュヴァリエ様は私が思う以上に文学がお好きという、人らしい一面もあるのかもしれない。そう思うと、緊張も解け自然と笑みもこぼれる。

あなた「わかりました、頑張って探してきます。……ちなみに、この書庫には恋愛物が多いようですが、お好きなんですか?」

シュヴァリエ「嫌いなものを集める趣味はない」

(…………意外だ)

シュヴァリエ様は興味をなくしたように、再び本に目を向ける。

怖い怖い、本物の野獣のような王子様。それでも、優しい本の香りに包まれた彼になら、歩み寄れる気がした――。