義経「思わず息を止めてしまっていた。水の中を歩いているみたいな気がして」

あなた「え?」

淡い青の光が揺れる水槽の前に立ち、義経は真面目な顔であなたを見つめていた。

義経「ここでは、透き通った箱に海を閉じ込めているのだな」

あなた「はい、とても綺麗です」

彼らしい表現に愛しさがこみあげ、あなたは頬を緩める。

ふと、通路の先に、ふわりふわりと白くぼんやりしたものが見えた。

あなた「海月(くらげ)! 海月ですよ、義経様。観たいって仰ってましたよね」

義経「ああ。行ってみよう」



海月の水槽の前に、他の客はいなかった。

あなた「わあ……」

海月たちは色彩と重さを忘れて生まれてきたかのように浮かび、漂い、流されていく。

透き通った球体から伸びる細い足が深い海へ誘うようにゆらゆらと踊る。

その様に見惚れていると……不意にあなたの片方の手のひらを温もりが包んだ。

あなた「……義経様?」

手を取った義経がかすかに微笑する。

義経「あまりにも幻のように美しい光景だから……あなたが泡になって消えてしまいそうな気がした」

あなた「それで引き留めようとしてくださったんですか?」

義経「ああ」

躊躇なく答える義経を見て、あなたの心にほんの少しの悪戯心が芽生える。

あなた「もし、手を引いたくらいで止められなかったら?」

義経「…………」

睫毛すら動かさずに沈黙した義経を見て慌てて言葉を続けた。

あなた「ごめんなさい。意地の悪い質問でした。忘れてくださ――」

義経「無論、あらゆる手を尽くしてあなたを救う方法を考えるだろう」

義経「けれど、それでも不可能ならば……」

甘さと危うさを孕んだ囁きに、はっと息を呑み込む。

義経「俺も同じ水の中に溺れる」

義経「泡になったあなたがこの身体の一部となり、この息の最後の一つさえ奪ってしまうまで」

あなた「…………」

あなた「そうならないように、ずっと義経様のそばにいます」

義経「そうか。幸せ者だな、俺は」

絡め合った指をそっと引いて、義経はあなたを次の水槽へといざなった。