恋人とお家で過ごす最高に幸せな時間。

――……の、はずだったのだけど。

モーツァルトはずっと手元の本に夢中でこっちを見ようともしてくれない。

お互いに本を読んでいるとはいえ、会話がないことが寂しくなって私は唇を開いた。

あなた
「……ねえ、モーツァルト。その本、面白い?」

モーツァルト
「……」

あなた
「……モーツァルト?」

本の中から帰ってこない恋人に痺れを切らして手にしていた本をパタンと閉じたその時――。

モーツァルト
「やっと本を閉じた」

モーツァルトの唇が弧を描き、スミレ色の瞳が私を映す。

あなた
「“やっと”……?」

モーツァルト
「俺を放って先に本に夢中になったのは君だ」

モーツァルト
「どんなに声をかけても、どんなに見つめても君は本の世界から帰ってこなかった。その上……」

モーツァルトの視線が、私の手元の本に注がれる。

モーツァルト
「それ、アーサーが書いたホームズでしょ」

あなた
「えっと……だから自分も本に夢中になっているフリをしていたってこと?」

形の良い唇が肯定を示すように持ち上がり、綺麗な指先が私の頬に触れる。

モーツァルト
「やっとこうして君と過ごせたのに、自分以外に関心が向いているのは気に食わない」

モーツァルト
「それが他の男が作った創作物なら尚更、気に食わない」

モーツァルト
「君が夢中になるのは俺と、俺が紡いだ音楽だけで……充分だ」

ひどく身勝手な言い分だけど、高慢な言葉の端々に愛が滲んでいて思わず口元が緩んでしまう。

モーツァルトと彼が紡いだ音楽だけに触れて生きることは不可能だけど、

こうして2人きりでいられる時間くらいは、色んなものを横に置いて彼だけに夢中になるのも悪くない。

モーツァルトも同じことを考えているのか、視線が重なった瞬間――お互いに笑みがこぼれた。

あなた
「それなら……もっと夢中にさせて?」

モーツァルト
「望むところだ。――……ほら、もっとこっちに来て。それから君に触れさせなよ」

キスをひとつ、ふたつ……あとはもう数知れず。

今日も私は天才なのに繊細で、少し気難しくて……そして最高に愛おしいこの人に満たされていく……――。